司教試験受験生のやるべきことは、なにも勉強と訓練だけではない。例えば・・・子供たちへ配るためのお守りを作ることも、大切な仕事の一つ。
しかし、受験生の全員が男子。裁縫が不得意な者も決して少なくはないのだ。
そんな中、異常なほどまでの不得意さを際立たせていた一人の少年。
栗色の髪に翡翠の瞳を持った彼は、只今とある一人の司教の元で、裁縫の猛特訓 真っ最中なのであった。
4つの魂と愛のカタチ
「お前ってホント・・・器用そうに見えて、すんげぇ不器用だよな」
とある司教の口から不意に零れ落ちた、その呆れと苦笑を織り交ぜたような台詞を聞いた途端、それまで一心不乱で慎重に手を動かしていた少年の動きがピタリ、と止まった。
「気が散るから、今 話しかけんな」
「いや、むしろ止めたいが為に話しかけたんだがな」
「なんで?」
「なんでって、そりゃお前・・・」
一旦言葉を切って、少年の手元を見る。そうして・・・わざとらしいまでに深い溜息をついた。
そんな彼に、少年は顔をあげて視線を向けた。元々不機嫌そうであったその表情が、ますます歪められる。
「なっ、なんだよフラウ!」
「頼むから・・・それ以上 怪我増やしてくれるな。針で刺してんのが布なのか指なのかもはや分かんねぇぞ」
「う゛っ!」
とある司教・・・フラウのその台詞はまさに事実でしかなく、言われた少年は物凄くバツの悪い顔をしながら自らの手元に視線を落とした。
ウサギ、であるはずのそのお守りはどう見ても別のものに見えてしまう。因みに、別のものというのはなにも別の動物という意味ではない。
フラウ曰く『呪いの人形』。裁縫は初めてだという少年ではあるが・・・ここまでくるといっそ才能ともいえる。
もっとも、本人はウサギの形にしようと真剣なのだ。
まぁ、この際、出来云々に関しては大目に見ても良いだろう。少なくとも、少年の想いはまず確実にその人形に込められている。
フラウにとっての問題は、その人形を作るに至り・・・少年がもれなく大怪我をするということ。
針で指を刺すくらいのどこが大怪我だ、と思うかもしれないが・・・少年の指の皮膚にはもはや両手では数え切れないほどの小さな穴が開いているのだ。
どんなに小さな傷であっても、数が増えればそれは致命傷にも成り得る。今回は裁縫なのだから、致命傷というのは大袈裟かもしれないが。
しかし、フラウからすればそういう問題ではなかった。
針で指を刺す度に、少年の口から漏れる小さな苦痛の声、指の表面に浮かぶ血・・・深く刺してしまった場合にはその血が指を伝って滴り落ちたりもした。
・・・いい加減、フラウも我慢の限界だったのだろう。
「とりあえず、作業は一旦止めて・・・手当てすんぞ」
「別にいいよ、これくらい」
「つべこべ言わずに早く手ェ出せ クソガキ」
「誰がクソガ・・・!」
「―――テイト」
瞬間、少年の・・・テイトの頬が真っ赤に染まった。
「・・・っ」
「ホラ、来いよ」
普段滅多に呼ばれることのない、名前。
だからこそ、不意にこうやって呼ばれると、テイトはどうしていいか分からなくなる。ただ、心臓が壊れてしまったかのように早鐘を打つ。
別に暑いわけでもないのに・・・顔が、全身が熱くなってしまう。
堪らなく・・・嬉しいと思える。
それまでの意地が瞬時に崩れ去り、差し出された手を取ることに、何の躊躇いも無くなる。
テイトはフラウの手に、自分のそれを重ねた。
すると、次の瞬間・・・
「うわっ!?」
グイッ、と強く手を引かれたテイトは、勢いを殺すことも出来ないままフラウの胸へと倒れ込んだ。
広くて硬くてガッシリとした、大人の男の胸板。テイトの小柄で軽量な身体が飛び込んできたくらいでは、全くと言って良いほどにビクともしなかった。
羨ましい、と思う反面・・・悔しいともテイトは思う。
「どうした?」
「・・・なんでもない」
「? まぁ、いいや。それより、手当てだな」
「あれ?そういえば・・・救急箱とかって・・・?」
ここはフラウの自室だが、はたして救急箱はあるのだろうか。誰だって小さなものくらい自室に備えてはありそうなのだが・・・。
わざわざ医療室へ行くくらいならば、これくらいの怪我はやはり放置しておいても良い、とテイトは思った。
しかし、そんなテイトの心境を察したらしいフラウが、不意にその口元に笑みを浮かべた。
腕の中に収まっているテイト。掴んだままの小さな手を、自らの口元まで持ち上げると・・・
ちゅっ
「ひゃあッ!?」
血の滲んでいる指先へと、口付けた。
途端に室内に響き渡ったのは、もちろんテイトの悲鳴。
「なっ、なっ・・・何しやがんだテメェー!?」
「何って・・・手当てだろ?」
「こ、これのどこが手当て・・・ッ、ちょっ、舐めんなよ バカ!!」
「ちゃんと消毒しねぇと駄目だろーが」
反射的に逃げようとするテイトの身体を、腰に腕を回すことで引き止め・・・さらには掴んでいる手に一段と力を込める。
傷口に舌を這わせれば、テイトの指がピクリと震えた。
「ふ、フラウ・・・!」
思わず叫ぶようにして名を呼べば、フラウの視線がテイトへと注がれた。
その眼差しを見て・・・テイトは絶句する。
熱を孕んだフラウの蒼い双眸。彼がこのような眼差しをテイトに向ける時は、決まって・・・。
「テイト・・・」
「・・・っ、だ、駄目だぞ!こ、こんな真昼間から・・・!」
テイトの脳内で、もはや本能ともいえる警告音が鳴り響く。
二人は互いに想い合っている・・・いわゆる恋人同士だ。心だけでなく、その身すらも繋げた。
しかし、だからと言って、まだ日も高いうちから行為に及ぶなどということは、テイトからすれば激しく遠慮したいところだった。
したくない、わけではない・・・だが、やはりどうにも羞恥心の方が勝るのだ。
「ちょっ、手ェ放せってば!」
「イヤだ。せっかく二人っきりだってのに、散々放っとかれた上に、心配させられまくったんだからな。んでもって、今は煽られてる・・・止めるなんて、無理だ」
「そ、そんなもん知るか・・・っ、んッ!」
指の付け根にフラウの舌が触れる。
手を掴んでいるその力は強いのに、テイトの指を一本ずつ舐めるその様は、優しく労わるもので・・・本当に手当てのようだった。
だが・・・
「フラウ・・・っ、そんなとこ怪我してないから!」
「んなの分かんねぇだろ?こうも血で濡れてちゃ・・・ってか、お前どんだけ深く刺してんだよ」
実はテイトの指はもちろん、製作途中のウサギにも血が付着しているのだ。
正直、見ているだけで痛々しい。こんな怪我を放置しようとしているのだから、自分のことにはとことん無頓着なテイトに、フラウは隠すことも無く溜息を零した。
再びテイトの手に満遍なく舌を這わせ、血を舐め取っていくフラウ。さらにもう片方の手で、その細い腰の輪郭に沿ってなぞれば、テイトの全身がビクリッと跳ね上がった。
「な、何っ・・・!?」
「いいから、大人しくしてろ」
「やっ!」
背中の紐をシュルっと解かれ、緩やかになった衣服の中へと手を差し込まれる。
抗議のためにテイトは顔をフラウの方へと向けて口を開きかけたが・・・すぐ傍まで迫っていた彼の顔に、反射的に目を閉じた。
キス、される・・・っ!
テイトの中で、何かが大きく脈打った。
「・・・ッ!?」
テイトの唇に触れるか触れないかという、そんなギリギリの位置で・・・不意にフラウが動きを止めた。
何を思ったのか、フラウは抱き寄せていたはずのテイトの身体を勢い良く引き剥がし、距離を取る。
すると、その一瞬後・・・フラウの首筋を掠るようにして、銀色の光が 一閃した。
「・・・っ、ぶねぇ!!」
ヒュンッ!
と、まるで風を斬るような音が耳に届いた直後に、思わず息を呑んだフラウは、顔面を蒼白にして叫んだ。
フラウに抱かれていたテイトの身体が、支えを失ったことで僅かによろめく。しかし、それも一瞬で。
驚愕に見開かれるフラウの蒼い双眸。その視線の先で、それまで閉ざされていたテイトの瞼がスッと開かれた。
つい先程まで翡翠を思わせる碧色の瞳をしていたはずの少年は、今この瞬間には、それは深い深い紅玉の色をしていた。
「み、ミカエル!?」
「ゼヘル、貴様・・・っ、白昼堂々と我が主の清らかなる御身体に何をするか!!」
緋色の瞳の大天使・ミカエル様 御降臨である。
テイトの器に宿りしその神は、緋き魔石の埋め込まれた右手を掲げていた。
その魔石の周囲から発せられている硬質の刃。それこそが、つい先程フラウの首筋へと襲い掛かったものに他ならない。
紙一重で避けたフラウだが、あと一瞬でも退くのが遅れていれば・・・そう考えると、彼の血の気が一気に引いてしまったことも頷ける。
「テメェ・・・っ、オレを殺す気か!?」
「我が主に対する愚行・・・その死をもって償うは至極当然であろう!」
「ざけんな!」
今すぐにでもミカエルに掴みかかりたい衝動に駆られたフラウだが、その魔石が有する力は攻守共に優れ過ぎている。下手に近づこうものなら、今度こそ命は無い。
そうなると、フラウに残された手段もはや一つしか残されてはいない。テイト以外で、ミカエルの瞳を御することの出来る効果を持つ唯一のモノ。
フラウは一度息を吸い込むと、ミカエルへと真っ直ぐに視線を向ける。
そして、その言葉を発する為に、口を開いた。
「テメェは眠・・・!」
しかし、その瞬間・・・
「―――『ゼヘル』!!」
まるでそれを見越していたように、ミカエルがフラウの言葉尻を奪うようにして、声をあげた。
ゼヘル――それは、フラウの内に宿るもう一つの魂の名。
刹那、ガクン!とフラウの身体が崩れ落ちる。だが、その長身が床に倒れ込むことは無かった。
膝に力を入れて、すぐさま体勢を立て直す。
そうして、俯き加減だったその顔をゆっくりと上げる。それはフラウの顔だったが・・・たしかな違和感。
フラウの澄んだ蒼い瞳が、明らかに異なる色をしていた。
それは、まるで血のような・・・赤。
「お呼びですか?ミカエル様」
「うむ。さすが・・・素早い反応だな」
「当然。オレは貴方の死神ですから。ところで、我が宿主は如何様に?」
「ふん・・・そのまましばらくは奥底に沈めておけ」
「御意」
フラウの姿をしたその赤き瞳の死神は、ゼヘル。
ミカエルの傍まで歩み寄り、緋き魔石の浮かぶ右手をそっと掬い取ったゼヘルは、その魔石に小さなキスを一つ 落とした。
その行為をとくに咎めることなく、ミカエルは口元に笑みを浮かべる。
「相変わらず気障なヤツだな」
「貴方にしか、こんなことはしない」
「他の者にしたならば・・・その首、即座に刎ね飛ばしてくれる」
「クックッ、それは怖い」
「ふん。ところで・・・」
ゼヘルを見つめるその双眸をスッと細めて、ミカエルは小さな溜息を零した。
どこか呆れたようなその表情。しかし、それも致し方ないとも言える。
「一体いつまでそのフザケタ口調を続けるつもりだ?ゼヘル」
「おっ、なんだ?いつもと違う話し方だと新鮮で面白くね?」
「興醒めだ」
「一蹴かよ。お前こそ相変わらずだな、ミカエル」
それまでの口調を一変させたゼヘルは、ミカエルの指に自分のそれを絡ませ、グイッと身体ごと引き寄せた。
もう片方の手はミカエルの頬に触れ、その手は輪郭をなぞるようにして顎へ移る。
そして、顎にかけた指に力を込められたことにより、ミカエルの顔が僅かに上へと向かされた。
「ゼヘ・・・」
「久々なんだ・・・拒むなよ」
「ぅ、んッ」
ミカエルの薄い唇に、ゼヘルの冷たいそれが重ねられる。
噛み付くような、キス。
言葉を発しようと僅かに開かれていたミカエルの唇。その隙間が閉ざされるよりも先に、ゼヘルは躊躇無く舌を滑り込ませた。
ミカエルは思わず眉を顰める。口内へとすぐさま侵入して来たそのぬるついた感触と、そして・・・
「ん・・・、んんっ・・・ぁ」
ほんの僅かな・・・血の味。
上を向かされているミカエルの口内へと、舌を深く絡ませる度にゼヘルの唾液が注ぎ込まれる。それを飲み込んでいくうちに、徐々に血の味は薄れていき、ついには互いの味しか感じなくなっていった。
「ふぁ・・・っ」
長い口付けをようやく解けば、力の抜けてしまったミカエルの身体がくたりとゼヘルの胸へと倒れ込む。
その身体を包み込むようにして抱き締めたゼヘルは、ミカエルの口端から微かに溢れ零れていた、すでにどちらのものかも分からぬ唾液を舌で舐め取った。
ゼヘルはミカエルを軽々と横抱きにすると、傍にあるベッドへと歩み寄り、その柔らかいシーツの上へと横たえた。
「・・・ゼヘル?」
乱れていた呼吸を整えていたミカエルは、そっと視線をゼヘルへと向ける。
ゼヘルはベッドに腰掛けると、その赤い双眸を優しげに細め、シーツの上に投げ出されていたミカエルの手をとった。
その指先に、触れるだけの口付けをする。
「今日はもう休め」
「・・・・」
「お前が気付いていないはずないよな。テイトのヤツ・・・また寝不足なんだろ?」
「・・・ああ」
裁縫が苦手。それもたしかにある。だが、今回はそれだけでは納得できないほどにテイトは怪我ばかりしていた。
それは寝不足のせいで集中力が欠けていたのだというのなら頷ける。
テイトは自分の不調には鈍感だ。寝不足であることにすら、自覚を持たない。
指摘して無理に休ませようとしたところで、きっとテイトは意地を張る。
フラウとて、そんなテイト相手に本気で事に及ぼうとしていたわけではない。本当に、心配していたのだ。そのことは、内に宿るゼヘルが誰よりも理解している。
しかし、指を舐めただけで感じてしまっていたテイトの姿に、煽られてしまったのも事実。
「このエロ司教は絶賛盛り中だからな。オレはまだしばらくは入れ替わるつもりはねぇけど・・・お前はそのまま眠・・・、ッ!?」
首輪の効果を発動させようとしていたゼヘルの、その言葉を最後まで言わせることなく・・・ミカエルはゼヘルの衣服を強く掴み思い切り引き寄せた。
不意を突かれたゼヘルの身体が、バランスを崩しベッドの上へと倒れ込む。
そして・・・
「んっ!?」
ミカエルはゼヘルへと覆い被さり、その唇を塞いだ。
微かに細められる緋色の双眸。だが、その瞳は揺らぐことなくゼヘルを見つめていた。何かを訴えるようにして・・・。
触れるだけのキスをして、そっと離される唇。
「首輪を使わず・・・私を眠らせろ」
囁かれたその言葉に、ゼヘルは軽く目を見開いた。
つまり、それは・・・
「よもや出来ぬとは言わんだろう?」
「・・・まさか。むしろ大歓迎だぜ」
「なら・・・」
「ああ」
ゼヘルはミカエルの背に腕を回すと、起き上がることなく体勢を入れ替え、今度はミカエルの身体を組み敷いた。
自分を求めてくれる 何よりも愛おしい大天使。
その誘惑に逆らうことなど、ゼヘルに出来るはずは無かった。
「オレが 最高の眠りに誘ってやるよ・・・ミカエル」
耳元に吐息と共にそう囁けば、小柄な身体が微かに震えた。
その反応が可愛くて・・・ゼヘルは口元に笑みを浮かべると、慣れた手付きでその漆黒の喪服に手をかけた。
真っ白で滑らかな素肌。子供特有の温かさが、触れた冷たい手に伝わり・・・酷く 心地良い。
緩やかなその手の動きに、ミカエルはもどかしそうにきゅっと眉を寄せた。
「ゼヘ・・ル・・・っ、もっと・・・ちゃんと・・・!」
「ああ、分かってる」
お前の全てを
愛してやるよ―――。
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Wing of Freedom
の如月蛍様から頂きました!!
如月さん宅の「DVD第5巻ジャケットにミカエル様御降臨☆記念企画」という企画で
「ほの甘なフラテイ+甘々な斬瞳」をリクエストさせて頂いきました!
そしてなんと!さらに追加でこの続きを書いてくださいました!!
うおおおーー!!如月さんお優しすぎますー!!><
ということで、つづきはこちらです!
※内容は裏なのでご注意ください!